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「黎明」
煩悩京からの使者が来た、アヌビスだ。
俺はこの男は嫌いではない。
むしろ自分に近いものを感じている。
「ラジュラが熱で臥せっておって、
お主のことを口に出してうるさいので
一度顔を見せてやってくれないか?」
まあ、顔を見せるぐらいならと言う気持ちで
アヌビスに応じた。
煩悩京でのラジュラは思ったより元気そうだった。
「おぉ・・金剛来てくれたのか?近くよって顔をみせてくれ」
とても嬉しそうに微笑む、昔争ったときとは、考えられない表情だった。
「おい、思ったより元気そうじゃねーか。一体どうしたんだ?風邪か?」
「ここのところ妙に熱がひかん、ナアザの見立てだと知恵熱だとか?
アヌビスは恋わずらいが熱の原因だとか言いたい放題だぞ。金剛がくるとは、煩悩京の見所につれていかねば」
「たわけ!病人はおとなしくせい!!」
とナアザに一喝されているのをみて、相変わらずだなと安堵したり頭が痛くなったり
「案内しなくてもいいから、そこらへんぶらついてくるぜ」
俺は、病床のラジュラを他の魔将にまかせて部屋をあとにした。
宴会が出来そうな大きな部屋や、旅館か?と思うようなでかい風呂
屋敷の中をぶらついてひとしきり
なんか屋敷の突き当たりの部屋まできてしまった。
「ここは誰の部屋だ・・今までかってが違うようだな」外の門のような頑丈な木戸があった。
その部屋は不思議な空間だった。
ただ、部屋の中央に大きな瓶というか壺が鎮座していて
そこから、まがまがしい気配がただよってくる。
壺のふちに手をかけたとたん、物凄い力で壺の中にひきずりこまれた。
気がつくと、腰まで沼につかりズブズブと体が沈みはじめている。
「おいおい、穏やかじゃないぞ!ここは一体何なんだ!」
薄暗い空間によく目を凝らしてみると
そこは唯の沼ではなく、血だまりの大量の血の沼だった。
その沼からたくさんの白い手が出て自分を掴み沈めている。
「よせ、離せ!」
腰まで浸かっていたのがどんどん沈み込み胸までになった。
すると不思議なことに自分の胸のあたりが輝き始めた。
何が入っていたっけ?、胸のポケットに・・鎧珠!
そのオレンジの光が俺のからだ全体を包むと、
血の沼は潮が引くように遠ざかり消えていった。
俺は、ほの暗い洞窟のような空間にいた。
先ほどの白い手の奴らは、今度は黒い影になって俺を遠巻きに囲んでいる。
一つ、二つ、いやそんなどこらじゃないぞ、十、二十ぐらいか
ただならぬ気配、敵意をこちらにむき出しにしながら息を潜めて、こちらを伺っている。
そんなこんなで膠着状態が続いたとき
突然、轟くような大音量で
「金剛、この中におるのか?」
ラジュラの声が聞こえた。
「あぁ!なんか大変なことになっているぞ。」
「コレを伝ってくるとそこからでられる」
蜘蛛のような糸が上から降りてきた。
なんか教科書でみたような光景だなとのんきに思いながら、
俺はその糸を伝って登り始めた。
周りを囲んでいた影達もワラワラと集まり登ろうとするのだが、
糸に触ったとたん力もなく落ちていった。
上の明るい光を目指してひたすら登る。
井戸のふちのようなものに手をかけ一気にゴールかと思ったら、
先ほどの部屋に出ていた。
ラジュラが心配した顔をし、俺に声をかける
「怪我はないか」
「あぁ、鎧珠のおかげで助かった」
「あのものどもは、鎧珠の主には手がだせん。持っておって助かったナ」
「おい、お前!俺に何か言うことあるだろう」
長い沈黙が二人の間に流れる。
「・・スマヌ。金剛、お主を巻き込むつもりはなかったのだ」
俺はラジュラの苦しそうな顔を見ながら次の言葉を待った。
「・・蠱毒と言うものを知っているか、
昔のもので、毒のある蛇やムカデなどたくさんの生き物を
ひとつの壺いれ戦わせる術方なのだが・・・我が鎧を得るとき同じことを行われた。
そのときに、我は最後まで残った・・・それがしは鎧珠を血塗られた手で握ったのだ」
苦しそうに一つ一つ言葉を吐き出すラジュラ。
お主の見たものは、それがしが葬ったものどもなのだ。
俺は今までこんなラジュラは見たことがなかった。
いつも、人を馬鹿にしたような微笑を浮かべて、
本当だか嘘だかわからないことばかり言っている奴だとそういう奴だと勝手に思っていた。
「お主らが憎かった。人だか妖邪だかわからないものになってしまって、
光輝く魂を持ったお主らがただ憎かったのだ」
とうの昔に忘れ去ったはずの感情を呼び起こす、不思議な存在。
「残った眼からはもう涙もでない。あまりにたくさんの死をみすぎたせいか」
気がつくと俺の目から涙がこぼれていた。
「お主にこんな事を言うつもりはなかった。」
「バ・・・カヤロウ」
「涙の出ないそれがしのかわりに、泣いてくれるのか・・」
秀の頬にそっとふれ、まるで不思議なものを見るように涙をすくう。
「お主は闇の中に見えた光だ。それがしが失ったものをまだ持っている。
お主と居ると長い夜が明けることを、なにかが始まることを、感じる。」
そう言って、長い髪がふわりと視界を覆ったと思ったら、引き寄せられ口づけられていた。
「・・っ止めろっての!」
「周りには誰も居らぬが」
いつのまにか壁に追い詰められ、
被さろうとする奴を両手を伸ばして突っぱねる。
が髪の長い男はそれを苦ともせず手を絡めろとると、額に口づける。
「そーでなく、俺が気にするんだっ」
「それがしは、気にしないが」
「そーゆう奴だったよな、お前は・・」
ラジュラの発言に脱力して、
俺は壁に体重を預けた。
それを了解ととったのか、間の距離を縮める。
「それは、褒め言葉ととればいいのか?」
「どーとでも」
俺は近づいてきた顔にはもう嫌がるそぶりは見せず、誘うように少し首をかしげて、口づけを受け入れた。
「熱も出してみるものだ」
ラジュラはほくそ笑みながら楽しそうだ。
「で、金剛を送ってしまったのか?」少し残念そうにポツリと言う。
「あたりまえだ。お前の戯言に付き合わせるためにわざわざ呼んだのではないぞ」
と一瞥するナアザ。
「アヌビスが得意の鼻でお主たちをみつけて踏みこまなければ、とんでもないことになっていたのは目に見えておるわ!」
「野に咲く花をあやうく手折ってしまうところであった。」
ひとごとのように呟く言葉じりを捕らえて、
「ん、いつものことだろ・・」と苦笑まじりに応えるアヌビス。
「そうであったな・・いつものことだ」
ラジュラも自嘲ぎみに微笑む
それでも、暗い帳が少しずつ明けるような予感はした。
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