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ー暖かな冬ー
「当麻! わりぃ、待たせちまったか?」
ぜんぜん、と言い終える前に、両頬が温かいもので包まれた。
「ウソつけ。 こんなに冷えちまって。」
ふわり、と。
頬を包む、あたたかな秀の手。
「あー、あったけー」
幼い弟や妹に、ずっとそうしてきたのだろう。その仕草は、ごく自然で。
冷えた頬を包むぬくもりは、心の奥まで染み渡る。
「お前なぁ、どっかあったかい所で待ってろって言ったろ。」
「いいんや。 俺が好きで待っとったんやから。」
「寒がりのくせして、変な奴だよなー。」
冬の凛とした空気が好き。
柔らかな陽射しが好き。
澄んだ空の下で、天をずっと身近に感じながら、こうして秀を待つのが好き。
”こんなに冷えちまって”
人前でのスキンシップを嫌がる秀が、自分から触れてくれる数少ないこの機
相変わらずお前の言う事は訳わかんねー、と、秀は呆れた顔で笑った。 -
大好きな街に、心を込めて
「当麻ぁ」
受話器から聞こえてきたのは、秀にしては珍しい、覇気のない声。
「秀? ・・・どうした?」
「ん、たいした用じゃねえんだけどさ・・・あのさ、俺の店にメシ食いに来ねえか?」
しょぼくれたようなその声には、「サミシイ」という響きが混じっているように聞こえた。
確かに、お互いの仕事が忙しい為に、一緒に暮らしていても顔を合わせる事すらほとんどできないような、すれ違いの日々が続いてはいた。
しかし、当麻がどんなに望んでも、秀は、「淋しい、会いたい」などという可愛い我が儘を言ってくれるようなタマではないのだ。
その秀が、「サミシイ」という響きを乗せて、半ば無理に当麻を誘っている。
秀を優先順位の一番に掲げている当麻に、それを断れる筈があるだろうか。
「すぐ、行く。」
電話を切った当麻は、既にもう研究所を後にしていた。
人には言えないようなスピードでかっ飛ばし横浜に辿り着いた当麻は、そのまま愛車のバイクを秀の店の前へと横付けした。
沢山の料理を乗せたテーブルに頬杖をつきながら、秀は一人で当麻を待っていた。
「突然、お前と二人でメシが食いたくなってな。店、閉めちまった。」
一瞬バツが悪そうにした秀だったが、すぐに笑顔に変わる。
当麻は何も聞かずに、秀の久々の手料理を味わった。
「食い終わったら、ちょっと外、散歩でもしようぜ。」
そう切り出したのは秀の方だ。
二人で、山下公園をゆっくりと歩いていると、不意に、秀が指を絡めてきた。
二人の関係上、そして秀の性格上、いくら暗くなったとはいえ、人前で、それも秀の方から手を繋いできたことに、当麻は驚いた。
「そういやお前、氷川丸に乗った時、アナウンスの‘ボンボヤージュ’の発音が悪いって文句言ってたっけな。」
秀は気にせずに当麻と氷川丸の思い出話に花を咲かせている。
片手は繋いだまま、中華マンを食べ、大道芸に笑い、潮風を感じながら夜の山下公園をゆっくりと歩いた。
「当麻、アレ、登ろうぜ。」
秀が指差したのはマリンタワー。
展望台でもやはり、手は繋いだままだった。
「ここで、妖邪と戦ったこともあったよな。ほら、なんてったっけ。月の引力を操る妖邪。」
「いたいた。なかなか強敵だったな。」
当麻の戦略と、秀の強大な大地の力が、この横浜を守ったのだ。
展望台から夜景を眺めながら、秀はポソっとつぶやいた。
「あぁ、ここから見る景色、好きだったな。」
秀は、まるで目に焼き付けているかのように、無言で夜景を眺め続けた。
「あっ。」
マリンタワーのライトが消されると同時に、秀の口から小さく声が漏れた。
「・・・消えちまった。」
フゥと、秀は小さく息をつき。
氷川丸とマリンタワーが、今日を最後にその歴史を閉じることになったのだと、静かに言った。
生まれた時から慣れ親しんだこの街が、明日には表情を変えてしまうのかと思ったら、今日になって突然急に淋しくなってしまったのだと。
静かに秀は言った。
どうしても、今日は当麻と一緒に居たかったのだと。
「当麻。今日は、ありがとな。仕事忙しいのに付き合わせちまってごめん。」
暗闇の中で静かに笑う秀を、当麻はそっと抱きしめた。
「お前が愛して、そして命がけで守ったこの街は、今も、進化してるんだよ。これからも、こうして二人で、この街を見ていこうな。」
当麻の腕の中で、秀は小さくうなづいた。
半世紀もの間、そこに静かに佇んでいた氷川丸とマリンタワー。
その長い歴史に、心からのねぎらいを。